TEXT/KUMI MURATA

ジュネーブに生まれ、18歳までをそこで過ごしたユキコ。

日本がキライだった女の子は今、日本人である自分に目覚めつつある。

すれ違うのもままならないほど、歩道に人があふれる。風俗店の呼び込みの叫ぶ声、車の騒音。

夜が更けるにつれて、六本木のボルテージは一気に上がる。人はストレスのはけ口を求めているのか。

エネルギーを放出するように、飲む、踊る。

2年前、ユキコが六本木のクラブに通いつめていたころ、いろんな人と出会った。

アジアに出張に来て、東京に立ち寄ったアメリカ人の銀行マン。

家族を本国に置いて単身来日したアフリカ人。

ここに集まる外国人たちは、ギトギトとどこか殺気だった目をしていた 。

「人って不思議。顔やスタイルを見ただけで、どんな状況なのかわかってしまう。

たとえば当時日本にいた黒人は、不満を抱えた人が多かった。

仕事がないから家族も呼べないし、成功を夢見て来ているのに、

実際はその場しのぎの毎日だから自分に誇りがもてない。

理想と現実のギャップに苦しんでいたみたいね」

ふだんはネクタイを締めて背筋をのばして歩くエリートたちが、ユキコの目の前で、お酒を飲むほどに崩れていく。

その光景が面白かった。お酒を飲んで騒いでいても、友達との会話に夢中になっても、

どこかで客観視している自分がいる。大学3年、社会には出ていないんだけど十分社会の縮図を見ていた。

「六本木のクラブって本当に危ないんです。外国人はみんな激しく酔っぱらって。

酔った勢いでなんでもやる。暴力、クスリ、殺しもやりかねない。

日本には短期間しかいないって思うと気が大きくなるのかな。私はどの辺で危険になるかわかっていたし、

身の安全を考えた範囲で行動していましたね。その点、日本人の女の子は見ていて危なっかしい。

気がついたら抜けられなくなって被害を受けた、そういう子ってきっといたはず」

海外でもスキが多い日本人はカモになる。ユキコは日本人でも、生まれてから18歳までのジュネーブ暮らしで、

カモにならないコツが身についていた。

自分はもちろん日本人なんだけど、「日本人は不思議」って、よく思った。

ジュネーブに来た日本人観光客、集団じゃないと行動できないのか。

ニュース番組に映る日本の政治家はアメリカの言いなり。自分たちの意見はないのか。

日本の雑誌に載っていた風俗店の情報にはショックを受けた。

こんなことまでやるのかと。

 “いじめ”の陰湿さも信じられなかった。きっと私も日本に行ったらいじめられるに違いないと、

覚悟を決めての帰国だった。 そして毎日が驚きの連続。

電車の中で座っている若い女性は、バッグを膝の上に乗せているが、

「どうぞ荷物を盗んで下さい」と言わんばかりにチャックを広げ、大口開けて寝ている。

中年の男はみんな似たようなスーツを着ている。

女子高生も、女子大生も、若い女のスタイルはファッション雑誌のコピー。

「どうして日本人って、みんな同じ格好、同じ考え方をするんだろう。それが不思議だったな。

女子高生は自己主張したいからヤマンバファッションとか、厚底靴を履くんでしょうけど、結

局はみんなと同じじゃない。日本では主張が強いといじめられる。

でも海外では自分の意見を持つのは当たり前。おとなしいと反対にいじめられてしまうんです」

 ユキコは日本に来てから、誰もが持っているハンドバッグや、洋服は買わないと決めた 。

卒業後に就職した会社で経験を積んでから海外で働くと、将来の方向も決めている。

「目標を持って突き進んだり、はっきり物を言う女は、日本の男性って好きじゃないでしょう? 

私は日本人とは付き合えないと思っていたし、日本に来たばかりはモテなかったの」

ユキコの友達は、ユキコが日本に帰っても、水に合わず、すぐにジュネーブに戻ってくると思っていた。

それが、帰国してからもう4年の歳月が流れた。

「日本の人と付き合っているから? それもあるかな。実際、日本に来てみて、

いじめもなかったし、けっこうやっていけるって思ったの。

それと少しずつだけど日本の素晴らしさがわかるようになってきた」 

初対面の人ともていねいに対応する日本人。まじめでいいかげんじゃない。 

世界に通用する日本の技術と、専門分野で活躍する職人。 

外国人にもっとこれらの日本の良さをわかってもらいたい。

そう願った時、自分が日本人なんだな、と感じた。