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1月20日 日大芸術学部写真学科の先輩で、拙著「サイゴンの昼下がり」に書いた、一ノ瀬泰造氏と同級生でもある、同じサークル(PHOTO POEM研究会)に所属していた、写真家、青山達雄氏が、神田にあるオリンパスギャラリー(03-3292-1934)において、2001年1月18日から24日まで、初めての写真展「晴れ、ときどき曇り」を開催している。
青山さんとは、数年前、彼が住んでいる名古屋でひらかれたCANONの撮影会で会っているし、「サイゴンの昼下がり」を書いている時、一ノ瀬さんがニコンSP持っていたことを思い出し、そのことを確かめるため、電話をしたこともあった。青山さんは、学生時代から日常いつもカメラを持っていてスナップをしているイメージだ。そんな青山さんが、写真展をはじめて開催すると知っていささか驚いた。もうなんどもやっているものだとばかり思っていたからだ。
今回の写真は1994年ぐらいから地元名古屋をメインに、6x6サイズカメラで撮りためた、モノクロ写真だ。とても綺麗なプリントだった。なによりも青山氏独特の被写体との距離感。それは、彼がいつも他人と接するときの愛情あふれる軽快なそれでいてクルールな関係に似ている。60点以上もある写真は、若者から老人までと、それに犬がやたらに登場する。
それは、気張ったドキュメントではなく、かつての日本の街が持っていた、ゆったりとした時間が映っていて気持ちがよい。もう会期も短いけど近くに行かれる方は御覧になってください。青山氏は毎日会場につめているそうです。

前日、サークルの同級生のTAKAGIが、20日の夜、先輩たちも数人くるから、写真展をみたあと青山氏を囲んで、食事でもしないかと連絡してきた。
今日の夕方、家のドアをあけたら、雪が降り始めていた。東京の街はみるみる白くおおわれていった。
閉館まぎわの会場に二年先輩のKITAMURAさん、OCHIAIさん、ひとつ先輩のMIYAIRIさん、この3人とは30年ぶりぐらいだろうか、そして同級生のTAKAGIと、ABEとSENO、それに僕は初対面だったデザイナーのYOSHIMOTOさん、それに青山さんと、ことし日芸写真を卒業する彼の息子と、ガールフレンド。
神田に戦前からあるのだろうか、ふるいたたずまいの、居酒屋?で鍋をつついた。
先輩達は、学園紛争の最中にサークルをやめたので、ひさしぶりに昔話にはながさいた。そのなかで、写真家の大石芳野さんが、PHOTOPOEM研究会の先輩だったことを知った。何回かお会いしているので、つぎの機会に聞いてみようと思った。

■1月19日 Englishバージョンをつくった。といっても……。EXCITEのHOMEPAGE翻訳サイトを利用してのことだけど。HOMEぐらいはと若干はなおしているけれど(固有名詞ぐらい)。たしかに、いい加減な英語かもしれないけど、いや、かなりいい加減な日本語の翻訳と言いうハンディはあっても、これぐらいが、ごあいきょうかな、でも、言葉は意味が通じればいいとなると、十分とはゆかなくても、ちょっとぐらいは役にたっているかな。もっとも英語のサイトができたとしても、いったい誰が読むんだろう。アメリカの検索サイトにでも載せることができるのかな。でも、翻訳がひどいからなあ。やれやれ。

■1月16日
前日書いたとおり、今ADOBE GoLiveを勉強中だ。PAGEMILLからくらべたら問題なくむずかしい。覚えることばかり、一応公認のトレーニングブックと付録CDでやっている。しかし、読み進むうち、レイアウトに関しては、けっこうPAGEGMILLでもできるなっていうのが、素直な感想だ。以前このサイトにきた人は分かると思うけど、かなりレイアウトを変えた。ずっと読みやすくなったと思う。いまのところまだADOBE GoLiveではつくってない。それに、このサイトを進化させるには、ADOBE GoLiveばかりでなく、さらにほかのことも勉強しなければならないので、頭もいたいけど、楽しいともいえる。

■1月15日
am0:30  ところで、実は前言をひるがえすことになった。それというもの、数日前、大学の後輩でもある写真家の五味彬氏と会い、いろいろホームページのことを話していて触発された。彼は僕がフリーになったばかりの頃、撮影の手伝いをしてもらったことがあり、それいらいの友人でもある。
五味君と言えば「Yellows」という写真集やそのCDROM写真集、以前はSHINCという雑誌まで発行したり、コダックのデジタルのカメラの開発に協力したりとデジタル関係ではかなり造詣が深いカメラマンでもある。その彼が、昨年の暮れに自分のホームページを立ち上げた。かなり勉強したらしくそれはそれは、かっこいい内容充実の、最先端のホームページだった。僕がたちあげたころと今では、パソコンユーザーの状況はすっかり様変わりしている。五味君の作ったホームページは、もう十分なスピードで誰にでも見ることができるようになっている。
それで数日前までは、今使っている、ホームページビルダーのページミルで十分と思っていたぼくであるが、彼のホームページを見て、ぼくのホームページのデザインなどさまざまなことが、見劣りしてるように思えた。
僕は、面倒でもすでに購入してある、GoLiveで作ることに決めた。やはり時代とともにwebサイトも進化している。内容だけではなく、やはりそのスタイルも変わってゆかなければと痛感した。
今までの部分は、すぐには直すことはないと思うけど、これから作る部分は新しいやりかたで制作するつもりだ。それとトップページは、五味君に作ってもらう予定だ。
それと、僕の持っているドメイン、PHOTO JAPON.COMを日本の写真家のホームページの紹介サイトにしようと五味君と話し合った。彼にサイトのデザインを制作してもらい、内容的にはこれから話し合って、意味あるサイトにしようと思っている。
五味君のホームページを是非ごらんになってほしい。デザインばかりか、内容も充実している。

■1月10日 
昨日の早朝書いた件に関連することだけど、けさの朝日新聞に「電脳中毒症」の話が書いてあった。そのなかでIT時代にコンピューター中毒になる人間がふえる。
そんなこと個人のかってだから僕にはどうでもよいことだけど、web社会は知的な所有権が意味を失う主旨のことも書いてあった。
ぼくはそれは同意できなかった。正確には野放しにしておけば、そうなるという意味ならわかる。
知的所有権は、これからますます高まる方向にあると思う。ネット社会での財産て知的所有物でしかないんじゃないか、と思えるからだ。
だから他人の知的所有物を不等に侵害した場合、(商業的にとかの意味だけど)現実世界では、おおげさだけど、死刑にあたいするぐらいの重罪になると思う。
その被疑者は単純にネット上にアクセスできなくなるだけではなく、本当に肉体を拘束されたりする。今のところハッカーはやりほうだいだけれども、それはいまが無法地帯と言うことで、ネット社会がさらに進化すると、ネット上の警察ができると思う。ネット上だろうが、現実世界だろうが、多くの人間が集まればそこには、秩序が必要だからだ。すでに、良いか悪いか判断できないが、ネット上の自警団も存在している。
しかし現実問題として他人の創作物をコピーしても個人的な使用に関しては、okとしかいえない。なぜならば個人的使用はプライバシーだから。しかしひとたびネット上に公開されたり、商業的に利用されたら、犯罪が成立するだろう。
自分の家で、トイレで風呂で裸になり、sexしてもそれはプライバシー。しかし外では犯罪である。と同じような理由で。
ただ、未来のネット社会に関してはあまり楽観的にはなれない。
それは肉体を持った人間としての部分を軽視するネット社会は、多くの人間が実は必要とされてないからだ。
余暇以外、みんな机にすわって人生の大部分を過ごす。いったい何を創造して何を作るのだろう。そんなにたくさんの仕事があるのかな。
理想的な共産主義みたいに、遊んでいる人も、仕事するひとも平等な社会が存在すれば、web社会もバラ色かもしれないけれど。さてさて。
支離滅裂な話で申し訳ないが、
web社会に役にたつ人間以外は生まれてくる意味のない時代がくるのではないだろうか。
「2001年宇宙の旅」のスーパーコンピューター「HAL」のような、肉体のない精神だけのコンピュータに支配されてしまうのではないか。少し心配だ。


1月9日 am0:00
明日の朝、正確にはすでに今日だけれど、仕事始めだ。成人式がいつのまにか、へんなところに移動したせいで、おかげで連休が続き、たっぷりと正月休みがとれた。
ところがホームページのリニューアルはまったく手がつけられなかった。予定としては、キューバと、ベトナムの新しい情報、それにデジタルカメラEOS D30のレポート、そしてNAVIで連載している、「Girls in Motion」の制作ノートを作ろう思っていた。やる気はあったけれど、スキャナーの調子が悪くて、思うようにはかどらず、新しいもっと使いやすいのを買おうと思っている。最近のそのへん機器の進歩は著しく、あれもこれもと目うつりしてしまう。ただ、新しいのが使いやすいとは限らず、性能があがるとあつかえるデータが重くなる、こんどはスキャニングの時間が遅くなったりと、なかなかうまくいかないものだ。
いままで写真はあまりおおきなものはアップロードしていなかったけれど、最近のパソコンは以前からくらべたら随分とスピードもあがり、ちょっとぐらい大きな写真でも見る側は大丈夫かなって感じだ。
データが大きくなると、コピーされることが心配でもあるが、しかし現在のすべてのメディアはコピーをされることじたい、完全に防ぐことは不可能だと思う。音楽は以前から、私的な部分ではダビングなど日常的に行われていたわけだし、これからの時代写真も全て、コピーされることはしかたがないことなのかも知れない。
ただそれはあくまで私的領分のことで、商業的に利用した場合はその限りではない。わからなければよいという考えもあるかもしれないが、もし見つかった場合は、かなりの重罪になる必要があると思う。そのへんの法律はまだ整備されていないと思うが、しかもこのもんだいは国境がない。だから不正使用を発見するビジネスが生まれるかもしれない。ある朝、突然外国の弁護士事務所から連絡があり、あなたの写真を不正に使用している個人がいるが、訴訟をしないかと、もちかけられたりして……。
すでにアメリカあたりではあるかもしれないが。

先日も書いたが、ホームページビルダーをどうしようかとあいかわらず悩んでいる。今使っているページミルでぼくの場合十分と、やはり思えるからだ。ぼくはいまのところホームページで、写真を完全な形で見せられるとは思っていない。
どこかのページにも書いたことがあるけれど、WEBじょうの写真は、写真の情報でしかないからだ。
僕にとって写真は映っている情報ばかりではなく、
物理的な三次元に存在するものだという考え方をもっている。その考えは今でも変わっていない。
だからこのホームページの単純な構成、写真と文章というスタイルが、このWEB上では、見やすく読みやすいし十分だと自分では思っている。
ただそれも、パソコンの家電化がすすみ、携帯電話も進化すると、かなり大きな情報が、気軽に得られることになると思う。その時、モノでもある情報が、電気的な単なる情報ととしてのWEB上の写真が、まったく違う存在感として感じられるかも知れない。

1月5日

新年あけましておめでとうございます。ことしもよろしくお願いします。

2001年の年賀状です。年末はけっこう酒づけだったけれど、新年は屠蘇気分というよりただだらだらとしているといった、とてもよい正月を過ごしてます。4日に伊豆から東京に戻り、年賀状をチェックしたりと、昨日深夜はケーブルテレビで、先日ヒクソングレーシーに破れた、パンクラス船木の特集をやっていたので見てました。
今日はデパートに行ったりと、家族サービスです。仕事初めは9日の、フォーカスの、「nude file」という四回連載ものです。昨年の9月にも4回やって、それの第2弾です。
7日か8日にホームページ手直しができたらと思っているけど、さてどうでしょう。
いまこのホームページは、ADOBEのPAGEMILLというソフトを使ってますが、今は新しいバージョンがなくなり、すべてGoLiveというソフトに変わってしまいました。
僕は、オフィスで使用している、imacとpowermacと、POWERBOOKの3台のほかに、最近初めたデジタルカメラのために、IBMのシンクパットを持ってます。それのホームページ制作ソフトが必要なため、しかたなくMacも、GoLiveを買いました。PageMillがもう店に置いてないのです。ただ、PageMillとくらべるとGoLiveは格段に制作が面倒です。いや実際は面倒ではないのかもしれないけど、ぼくは説明書を読んでも、すぐに制作できるわけではありませんでした。ぼくは、ホームページ上で、複雑なホームページを作る気には今のところないので、ほんとうにPageMillで十分でした。でもIBMからもホームページのアップロードをしたいと思うと、それでGoLiveを買ってしまったのです。
パソコンは新しいソフトの使用法を覚えるのがいちばん面倒ですね。だれかwindows用のPageMillの最終版が売っているところ知らないかなって本気で思ってます。

NhaTrang Beach Oct.2000 
上の写真に関して
小松千春写真集の制作ノートで触れてます。
ちなみに、下の写真は昨年の年賀状です。これは、ロシアウラジオストクのshamora beachで1999年の9月に撮影したものです。両方ともパノラマですが、パノラマカメラで撮影したわけではなく、4x5(しのご、というフィルムのサイズが4インチかける5インチの、はがきサイズぐらい)という大型ビューカメラに超広角レンズ(スーパーアンギュロン65mm f=8.0)をつけて撮影したものです。その写真の天地をトリミングしてパノラマふうにしてます。ウラジオストクに関しては、
VLADIVOSTOKのサイトをごらんください。

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