1971年8月 築地 東京

1971年8月 晴海 東京

1970年4月 横田基地 東京

1969年9月 練馬 東京

1971年秋、まだアシスタントをするまえ、日芸を卒業後就職がなく、アルバイトをしていた時期、

毎日新聞社、カメラ毎日、山岸章二氏を尋ねた。

そこでこのシリーズを、8x10にプリントして20点ぐらいもっていったろうか。

当時カメラ毎日のなかに、プロもアマチュアも関係ない、「アルバム」というページがあった。

そのシリーズには多くの若いカメラマンが参加していたが、そこに載せてもらおうと勇んで行ったのだ。

山岸氏は写真をほめてくれた。ならば、載せて欲しいというと、それはできないという。

きちんと編集会議で皆で決めることだと言った。若い僕はカチンときた。

なぜって、写真界の天皇と呼ばれている山岸章二が、いいと、言ってくれたんだよ。

どうして?山岸さんは生意気な僕の肩を抱き、いいものを見せてあげようと言った。

それは、翌月号に載る小原ケンの写真だった・・・・・。その中身はまたの機会で・・・・数ヶ月後、

そのなかから4点が掲載されることになった。僕は田中長徳らのいれ知恵で、

データはすべてアサヒペンタックスと書いた。たしかに1点はアサヒペンタックスSPで撮影している。

なぜかというと、そう書けば、旭光学からページ5000円がでたからだったと思う。

原稿料もそんなものだったので、とてもうれしかった。

実はこのときの4点の写真にはネガがない。当時は見本プリントとネガが提出だった。プリントは戻ってきて今でも手元にあるが、

ネガは紛失している。すべてのネガを探せばもしかしたらあるかもしれない。

この写真が1972年カメラ毎日2月号に掲載されたとき、僕はすでに著名な写真家のアシスタントになっていた。

もしあの時、アシスタントにならなかったら、違うタイプの写真家になっていたかもしれない。

このときのプリントは、バライタ以前、RCペーパー以前の本当のビンテージプリントだ。

かなり価値があると思う。

ニコンF  28mmf2.8  ミノルタハイマチック   アサヒペンタックスSP  キャノンP 50mmf1.4 トライX フジブロマイドF2

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